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蘆舟

 投稿者:狼おじさん  投稿日:2018年 5月21日(月)13時11分53秒
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  果無峠越えのガイドを終えて帰る途中、本宮で見たことも無い変わった草舟を見ました。

蘆舟だそうで、日曜日に熊野川に浮かべて試乗するそうです。
中心にいた体格の良い若い人は「クマノサクラ・クマノサクラ」と叫ぶので、さっさと退散しました。

日曜日は神倉山へ、沢山の人達が登ってくる中に県の観光連盟職員が、企業の道普請のガイドをしていました。
 
 

女郎神

 投稿者:ひめひじき  投稿日:2018年 5月17日(木)20時25分51秒
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   予定が間違っていて、午後暇になったので、かねてから気にしていた田原湿地帯女郎神の草刈りに行ってきました。伸びきる前に刈っておけば楽な事は判っていますが、なかなか実行に移す機会が無かったので、とりあえずタッツン作業部長の仕事が減ることになりました。  

必殺橋杭岩

 投稿者:けいちゃん  投稿日:2018年 5月12日(土)18時20分37秒
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  BS朝日でたまたま、必殺仕事人スペシャルの最後のシーンだけ見ました。エンドタイトルに橋杭岩が出てきてびっくり。紀宝町や那智勝浦町でもロケしたようですね。  

果無越え

 投稿者:狼おじさん  投稿日:2018年 5月 8日(火)10時27分28秒
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  「鵜の平見」と「うがい商店」・・・おもしろいですね。

越えたかった果無峠。天気は快晴

えっちゃん、けいちゃん、ハギヤン、わかちゃん、なかちゃん、いーちゃんとの七名が参加しました。

昔、勧進された石畳を踏みしめ。時折、視界が広がる雄大な風景は果無越えの魅力だ。

この調子でいったら、ほかの小辺路もいけるど。

釈迦ヶ岳の遠望、この26、27日は熊野修駈で玉置山~前鬼間のサポートに参加。写真の右側の大峰山脈を縦走して、釈迦ヶ岳の少し下太古の辻から前鬼へくだる。

果無峠少し下にある観音堂とシャクナゲ


 

鵜の平見

 投稿者:シマー  投稿日:2018年 5月 7日(月)22時55分10秒
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  4月14日のタケポンさんご投稿の写真の左上隅に写っている青い車は私の車です、丁度撮影されているところに偶然通りかかりました。(尤もタケポンさんとの面識は無いのですが)
宇の平見と言う呼称は珍しい呼称ですが、元は鵜の平見だったのでしょうか?
隣の中平見に「うがい商店」がありますので、うがいは鵜飼さんのような気がしています。
もし鵜の平見であるなら、そこから海に向かうと釣り人から「犬戻り」と呼ばれている断崖がありますが、そのあたりで鵜を捕獲していたのかもしれません。
犬戻りとはその峻険な断崖に怖れをなした犬が引き返したと言う事からそう呼ばれるようになったと聞いています。
 

写真再投稿

 投稿者:狼おじさん  投稿日:2018年 5月 4日(金)16時01分5秒
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  花崗岩を爆破して造られ「カタマンボ」

トロッコの車輪

最終地点にはレールが残っていた
 

大台ケ原源流域探検

 投稿者:狼おじさん  投稿日:2018年 5月 4日(金)15時57分28秒
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  銚子川には大正六年、大台ケ原森林開発を目的に四日市製紙会社が銚子川森林鉄道を建設し、終着現場から左岸側の樫山(957m)の尾根まで索道を掛けて、さらに尾根筋に軌道を敷き、インクラインを設け、さらに大台ケ原の台地まで軌道を敷いていた。
大台ケ原の原生林内を軌道車が走り、原生林は皆伐されていた。
現代の大台ケ原の森は、林班の境目に残された樹林だったり、当時小さかった木が大きくなったのだそうだ。
想像しがたいが、そのようなダイナミック方法で伐採された材木を、河口の貯木場へ運搬していたのだ。

今回探検したのは昭和26年、さらに大台ケ原源流域へと延長された銚子川森林鉄道の続きの二ノ俣線軌道の跡だ。
標高千mになる切り立った峰々に囲まれた渓谷の断崖に敷かれた軌道痕跡を、塩崎さん、長野さんに案内していただいた。
ヒルに注意するよう言われた。(靴のなかで、ヒルが死んでいた)
軌道を支えた石垣はほとんど崩れず残っていて、石工の技量を伺うことができる。

セメント造りの橋を二か所渡り、絶壁の「カタマンボ」(半分のトンネル)を過ぎ、飯場跡、手彫りの50mのトンネルをくぐり、インクラインがあった(ワイヤーで台車を引き上げる)急斜面を登り、軌道跡を辿って、軌道の終点に辿りついた。ここからさらに索道を掛けて一帯の原生林を伐採していたのだ。

昭和36年廃線され、右岸山腹に林道が造られている。終点にレールが残っていた。


 

熊野古道大辺路道普請

 投稿者:狼おじさん  投稿日:2018年 4月30日(月)19時26分18秒
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  串本古座高校の地域学習の遠足と大辺路ツアーが連ちゃんで四日間。
ちょっと疲れた。

大辺路古道のそばで、ひっそりと咲いていたエビネ・・・・・これは貴重だ。
熊野の山野で、まれにしか目にすることができない。


遺産センターと合同で生徒達が富山平見道で道普請をやってくれました。・・・よかった。
新田平見道でも作業が始まったけど、電車に乗り遅れるから、先を急ぐように言いました。

シカは大滝への参道で撮影、人慣れしていて、大ぜいの観光客が撮影しても平気だった。

 

熊野修験春峰行

 投稿者:狼おじさん  投稿日:2018年 4月23日(月)10時36分34秒
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  春峰行の二回目。

本宮~玉置山。大峰奥駈道でももっとも険しい行路と言われている。
一気に、千mを駈け上る。

切畑から篠尾へ越える街道の奥駈道の金剛多和へサポートに登る。
道に枯れ木が散乱し、掃除をしながら進む。
途中の大きな山崩れ現場は吹き付け工事も終わり、新しく道が造られ便利が良くなった。

積もった落ち葉を踏みしめ登ったのはいいが、ダニが一匹食らいついていた。

なんせ、暑い、山伏達や一般の行者達もバテテいた。

弁当を食べて、玉置山を目指して登っていったが、これから大森山までが非常にキツイ。
リタイヤする方はいなかった。

一人、おおきなリュックを背負った60歳ぐらいの方が登ってきた。これから、吉野までビバークしながら行くと言っていた。
 

中辺路ウオーク 2

 投稿者:狼おじさん  投稿日:2018年 4月18日(水)19時17分49秒
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  中辺路勉強二回目。
朝までに寒冷前線が通過する予報だったが、しつこく降ってやんだのは昼前。

道湯川バス停にいたら、若い欧米人の3人組がやってきた。
新しい迂廻路の入り口がわからなかったようだ。
「本宮」を目指しているので、「いしょにいこらい」といったものの、三越峠を過ぎたところで追い抜いていった。

三越峠休憩所で昼食~舟玉神社~発心門~発心門バス乗り場でトラブル発生。
なんと、ガイドの方がバスの発車時間を間違えていて、一分違いで乗り遅れてしまった
次のバスは二時間後、若い女性達が本宮の友達に迎えを要請。
同乗させてもらい、道湯川バス停に帰れた。・・・・よかった。

道湯川の古道傍の便所跡、巡礼者にトイレの使用をお願いしていたとのこと。
三越峠の休憩所
舟玉神社
 

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